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フィリピン留学はバギオがおすすめ MONOL公式ブログ

2016年度バギオ地域日本人学生受入実績NO.1!人気急上昇には選ばれる理由があります。フィリピンの教育都市バギオで口コミから広がった老舗格安校MONOL

2016年9月度ニュースレター

http://mymonol.com/newsletter/2016/09/MONOL-Sep2016-Newsletter-EN.html

ニュースレター9月号を10月に公開します!!!

申し訳ございません!!!

そして今回は英語になります。翻訳は以下になります。

※翻訳半分、書きたいこと半分になってます!ニュアンスでお読みください←

ニュース①

山口大学MONOL4期生が卒業

152学期Aでは、MONOLに51名の新入生が入学しました。

その7割がなんと日本人学生。それもそのはず、半数以上が山口大学からの団体学生様です。

2014年冬から始まった山口大学生への留学プログラムもなんと4回目。

(記事では3回目となっておりますが、正確には4回目となります)

今回は後援会の会長様も一緒にいらっしゃり、短期間生活をともにされました。

山口大学生もMONOLの一般学生同様、ESLコースを4週間受講し

大変満足されて帰国されました。

過去4回実施されたこのプログラムで人生を大きく変えたといっても過言ではない学生さんもたくさんいらっしゃいました。

大学生のうちにフィリピン留学を経験されることはとても有意義なことだと、

これまでの先輩が多くの後輩に身をもって伝えていることも伺い知ることができました。

ニュース②

MONOLシャトルバスでラウニオン週末旅行へ

8月27日、32名の学生にシャトルバスウェルカムキャンペーンとして

ラウニオンへの初めての週末旅行を敢行しました。

バギオから2時間ほどの距離にあるラウニオンは、フィリピンでも有数のサーフィンスポット。

400ペソでマンツーマンでの指導、ボードもレンタルできます。

すでにサーフィンができる場合、200ペソでボードが1時間借りられます。

MONOLでは今後様々な場所への週末旅行を企画しています。

アシン温泉やハンドレッドアイランド、ビガンなどなど、

ブログでも随時発信してまいりますが、月に1度あれば頑張っている方だといわれるこうした学校アクティビティ…

つまり…MONOLは、アクティビティが盛んな学校としてもトップクラスになること間違いなしです!!

ニュース③

MONOLの広がるコミュニティ―ヨーロッパ、中東、南米からの学生歓迎

今年度、アジアからの学生のみならず、様々な地域からの学生を受け入れることにより、

多国籍学校としての人気が高まる当校です。

もちろん大多数は台湾、日本、韓国、中国からの学生ですが、

ベトナムカザフスタン、モンゴルなど、

英語学習に熱心な学生のためのコミュニティ、環境が整いつつある当校、

今後も積極的に様々な国籍の学生の受入、国籍バランスに期待をお持ちください!

特集①

MONOLの3+1部屋人気爆発!!

先生がルームメイトだったら???

MONOLでは先生がルームメイトとして共同生活することで、

English Only Policyが絶対的に守られる3+1部屋に注目が集まっています。

また、平日には1時間のルームディスカッションが設けられ、そのほかにも

宿題をみてもらったり、質問がいつでもできたり…月に1度アクティビティも開催されます。

現在、9名の先生がルームティーチャーとして長い時間をMONOLで生活、そして

多くのルームメイトを教えてきました。

3+1部屋では、普通の留学とは違う「英語漬け」の生活ができます。

初心者が欧米でホームステイをするより、よっぽど安く効果的ですよ!^^

特集②

107周年おめでとう!バギオデー

バギオ市は言わずと知れた「フィリピンのサマーキャピタル」

冷涼な気候はもちろんですが、この街がなぜこんなにも旅行者を魅了するのか

ちょっとした歴史をご紹介します。

スペイン統治時代、バギオは外国人には知られていませんでした。

ライフスタイルや建築物にスペインの文化が影響していなかったためです。

バギオのあるベンケットの山岳地域に金が見つかったのは19世紀のことでした。

もちろん外部の出入りをかたくなに拒みましたが難しく、

最初に地域と現在ラトリニダッドとよばれる軍駐屯地の和平に成功した最初の指揮官は

1846年、Commandante de Galveyでした。

スペインからの独立後、アメリカがバギオ市の開発をすすめ、

山を開き、南部とつなぐKennon Roadを開通、

鉱山の街として栄えました。

その後、米軍の静養地としてキャンプジョンヘイ

夏季の政府機関としてザ・マンションを設立しました。

Daniel H. Burnhamという建築家が1909年9月1日までバギオの開発は続きました。

独立市として認可され、その間に「フィリピンのサマーキャピタル」という名が呼ばれるようになったのです。

現在、バギオは教育都市として、海外からたくさんの学生に認知されています。

アメリカの影響は簡単に感じることができ、英語が共通語のひとつとして浸透しています。

今年はバギオ市107周年。

来年2月にはその記念に市が企画したフェスティバル「Panagbenga Flower Festival」が

満開の花とともに開催されます。

学生コーナー

バギオが国内外問わず、学生と観光客に有名になり、さまざまな施設、レストランが毎日どこでもあふれています。

それはまるで新しいことをして、新しいものを見て、食べて…そんなことが可能となっています。

ここでは、Kelvinが体験したバギオのベストレストランをご紹介します。

http://mymonol.com/best-restaurant-ive-baguio-city-kelvin/